FC2ブログ

表28 「稲村岳」 山形県飽海郡遊佐町吹浦字稲村岳国有林


地形図とルート
2kh4i9mrdk_map.jpg


▲Google map
2kh4i9mrdk_01.jpg
▲中島台・丸森から望む稲倉岳。(2013年秋撮影)
2kh4i9mrdk_02.jpg
▲横岡集落から望む稲倉岳と鳥海山。
2kh4i9mrdk_03.jpg
▲期待と不安を胸に登山口へ。
2kh4i9mrdk_04.jpg
▲駐車地から登山口へ。この日は一番乗りだった。
2kh4i9mrdk_05.jpg
▲七曲区間。
2kh4i9mrdk_06.jpg
▲七曲から横岡集落を望む。
2kh4i9mrdk_07.jpg
▲七曲区間にある大明神祠。
2kh4i9mrdk_08.jpg
▲大明神祠。この日は倒木があった。
2kh4i9mrdk_09.jpg
▲七曲区間が終わると道は平坦になった。
2kh4i9mrdk_10.jpg
▲稲倉岳と山桜のコントラストが良い。
2kh4i9mrdk_11.jpg
▲残雪を頼りに入山地を探しながら奥の院の鳥居まで来てしまった。
2kh4i9mrdk_12.jpg
▲鳥居の脇にある碑。
2kh4i9mrdk_13.jpg
▲さらに進むと水源地。ようやく残雪が出てきた。
2kh4i9mrdk_14.jpg
▲沢を渡渉して目の前の急な尾根に取りついた。
2kh4i9mrdk_15.jpg
導かれるように辿りついた稲倉神社(黒坊様)。
2kh4i9mrdk_16.jpg
▲御開帳。旅の安全、家内安全を祈願した。
2kh4i9mrdk_17.jpg
▲稲倉神社の背後の尾根。残雪が続いていて何とか登れそうだ。
2kh4i9mrdk_18.jpg
▲山頂へ向かう尾根を見上げる。もしかして藪漕ぎが必要か?と思われた。
2kh4i9mrdk_19.jpg
▲とりあえず、主稜線へ。暑くてTシャツ一枚になった。
2kh4i9mrdk_20.jpg
▲振り向くと、にかほ市、由利本荘市方面の景色。何度も振り返って景色を堪能した。
2kh4i9mrdk_21.jpg
▲どこまでも続くバカ尾根。黙々と登り続けた。
2kh4i9mrdk_22.jpg
▲下から見えた藪が出ている問題の場所。最悪、東面に向かえば残雪はありそうだが、クラックが・・・。
2kh4i9mrdk_23.jpg
▲その前に新山の山頂。青白く光る銀嶺の覇者。
2kh4i9mrdk_24.jpg
クラックが大きく正面(少し右側)を突破。運よく藪の間に抜け道を発見。
2kh4i9mrdk_25.jpg
▲高度が上がると西風がもの凄く強くなり気温も低下した。枝には霧氷が付いていた。
2kh4i9mrdk_26.jpg
▲休憩をした後、上着を着て山頂へ。
2kh4i9mrdk_27.jpg
▲遂に念願の三角点と対面。
2kh4i9mrdk_28.jpg
▲標石
2kh4i9mrdk_29.jpg
▲上部
2kh4i9mrdk_30.jpg
▲山頂から望む鳥海山と蟻ノ戸渡。(パノラマ)クリックで拡大
---基準点詳細---
基準点コード:TR35840504101
点名:稲村岳
俗称:稲倉岳・平家森
所在地:山形県飽海郡遊佐町吹浦字稲村岳国有林1林班
冠字選点番号:表28
種別等級:三等三角点   
地形図:鳥海山
測地系:世界測地系(測地成果2011) 
北緯: 39°07′20″.5192
東経:140°00′52″.8638
標高:1553.95m
選点:明治42年05月30日
設置:明治42年00月00日
観測:昭和50年08月12日
備考:若林 鶴三郎
---訪点記録---
訪問日:2014.05.04
自動車到達地点:横岡・水林線 奥ノ院参道入口
歩道:奥ノ院・水源地まで参道あり。以後、残雪を踏む
周辺:山頂・笹地・裸地
状態:正常
保護石:4個確認
出発時間:06:18 駐車地
到達時間:09:29 三角点到達
出発時間:10:21 三角点出発
到着時間:11:56 駐車地
全行程:338分
備考:
---訪点の記---
 「稲倉岳」は「稲村岳」ともいい、鳥海権現の本所であり、鳥海山の奥の院として古来から禁足地としていたとある。また豊穣の源とされ豊作祈願を願う神の山であった。

 この深山の頂にも三角点(等級は三等 設置 明治四二年度)があり、山形県側ではあるが、私の探訪目的の対象であった。しかし、このような藪と灌木の深山は無雪と残雪の間の際どい時期を狙って行くしかなかった。

 この日、横岡の集落から登山口となる林道へと向かおうとしたのだが、中屋敷集落の迷路のような道路に迷ってしまった。ナビを地形図に変えて一安心。一路、登山口へと向かった。

 登山口へ向かう林道は凄く荒れていて、この地域特有の岩石を含んだもので凹凸が酷くて車の下回りを何度か擦ってしまったが、途中から伐採跡地になると幾分は路面状況が良くなった。

 登山口の手前の駐車地には車は一台もなく私は一番乗りだった。もうスキーの時期は過ぎたのだから当然だと思った。車を降りると風がもの凄く冷たいくて私はフリースを着こみ身支度を整えて登山口へと歩き出した。

 登山道に雪はすでに無く、初春の七曲を順調に登って行った。登りきると笹地となり、登山道がさらに続いていた。木々の間から稲倉岳の山頂が見えたが、意外に距離があると思った。また、稜線尾根の途中で残雪が途切れ藪が出ているのが心配になった。しかし、所々にある山桜と残雪の稲倉岳の景色が素晴らしく、好天に恵まれ、これから今日一日への期待が膨らんだ。

 さらに登山道を進むと残雪が現れたが一時的で、取りつく予定の尾根(P656経由)には雪が無かった。藪漕ぎはしたくなかったので、そのまま登山道を奥に進むと鳥居と「奥之院」の碑がある場所を通過した。さらに奥へと進むと小沢が流れていて残雪も現れるようになった。しかし、どの場所からも残雪は途切れていて尾根沿いには藪が出ていた。

 地形図に記載の歩道の最後まで歩くと対岸の尾根にはまだたっぷり残雪があり、上まで続いていた。少々急坂だったが藪を漕ぐよりは良いと思い、その急坂をキックステップで登った。

 この日は体調も良く、私には珍しい二本のトレッキングポールが残雪の急坂でうまくチカラ配分に協力してくれているようで、面白いように順調に登ることができた。

 少し登ると祠(黒坊様)が見えた。これが奥之院かと思い参拝して行くことにした。扉を開けると「横岡稲倉神」と御神体が祀られていた。

 さらに登り続けると汗が吹きでてきたのでフリースを脱いでTシャツ姿になった。この辺のブナは二次林なのか細かったが、さらに南側の隣の尾根のブナは巨木揃いだった。春の陽がやわらかくて私は春を満喫しながら黙々と登り続けた。

 尾根を登り詰めて唐吹長峰方面からの尾根との出合付近から樹林帯が消え、眼下の景色を望むことができた。素晴らしい眺望に感動しながらも延々と続く雪面の尾根を登り続けた。
 
 さらに高度が上がると風が強くて寒かったので再びフリースを着こんだ。雪面は解け始めて腐れ雪となってきていたが、所々でクラストバーンとなっていて滑ることがあった。

 斜面を登りきると(標高1,150m付近)一度、平坦になり岩石のある山頂方面が望めたが、たぶんこれは偽ピークだと思った。なぜならさらに上に坊主頭の雪面が輝いているのが見えたからだ。また、南東側には青白く光った鳥海山の頂上付近を望むことができた。

 ここが下の登山道から見えた問題の個所で、残雪が途切れて藪となっている場所だった。さらに藪問題のほかに斜面の上部に小規模ながらもクラックが横長に走りっていたので、突破できる場所を私は探した。

 最悪、尾根の東側に回り込もうと考えたが、最初にこのクラックだけは越しておこうと思い、少々急な斜面を九十九折りに登った。そして、幸運なことにちょうど登った場所から藪もなく上に登れる場所があった。

 この細く藪のない地帯をすり抜けて山頂付近が見える標高1300m付近まで登ると、とても風が強くて下界の気温とは全く違っていた。どうやら吹きさらしの場所で雪面も先程より堅くなってきていた。

 この延々と続く雪面の尾根歩きも少し飽きてきて集中力が少し欠けてきたと同時に、私は朝食を済ませていなかったので空腹が突然襲ってきた。寒さと空腹、空腹と寒さに次第に足取りも遅くなった。

 そして、先程の岩石地帯の偽ピークが近づいてくると岩々が白く毛羽立っていることに気がついた。気になってそちらに登って近づいてみるとなんと低木に付いた霧氷だった。これだけ陽が当たっているにも関わらず解けていないから風が強く気温も低いのだと感じた。

 ここで私の空腹の我慢も限界となり、斜面で風を凌いでうずくまってオニギリを食べた。動いていないと凍えそうなくらい寒くて手の感覚も麻痺してきたので、私はさらに上着を着込んだ。

 オニギリを食べ気を取り直して出発。坊主頭の雪面を見上げるとその先の青空に山頂が近い事を感じさせくれた。相変わらず風が凄かったが、空腹が満たされて上着を着込んで身体が温まってくるのを感じると、再び期待感に胸が膨らみ、歩みも回復した。

 すると突然、視界に青白く光った鳥海山が眼に飛び込んできた。そう、稲倉岳の山頂に到着したのである。素晴らしい景色に少し私は興奮気味だったが、まずは目的の三角点を探すためGPSを確認した。山頂には残雪がまだたくさんあり、雪の下になっていないか不安が過った。GPSを確認しながら歩いて行くと幸いなことに残雪が無い最高地点と思われる場所を指していた。樹高は低いが笹とハイマツの密生した藪の中ですぐに三角点を見つけることができた。保護石は4個。

 三角点から南側約1m付近に座るのに最適な大きな岩があり、この岩に立つと全てを見渡すことができた。その昔、修験者が鳥海山を眺めこの場所で行を積んでいたのかもしれないが、とてつもなく稲倉岳の山頂は厳しい自然環境の中にあると思った。

 鉾立・扇子森方面はスキーを楽しむ人々が結構見えたが、眼下に中島台から千蛇谷へ向かう6人程のパーティーが見えた。また、蟻ノ戸渡の対岸側に誰かが歩いた跡があったが、残雪の状況からするとかなり危険に感じた。

 しばらくは三角点の写真を撮ったり山頂を歩きまわってみたりと、好天に恵まれた稲倉岳を独りで満喫してみた。特にお気に入りは雪が消えて草地となっていた蟻ノ戸渡りへ向う場所で、正面に鳥海山と蟻ノ戸渡、右には険しい断崖と雪崩の跡が荒々しい奈曽渓谷。左側には対照的で滑らかな斜面が美しい中島台から千蛇谷へと続く鳥越川上部が印象的だった。

 風も落ち着いてくると陽の光が暖かく感じられた。ふと新山の山頂を見ると一人山頂に立っているようだった。山頂から見る景色は圧巻だっただろう。

 ここで山頂を去るのはかなり名残惜しく感じられたが、次の三角点探訪へと向かうべく私は山頂を後にした。下山途中で唐吹長峰の三角点まで行けるか、尾根を見降ろしながら下山したのだが、どうやら残雪が途切れ藪漕ぎしなければならないようで、こちらからの探訪は断念した。

 藪漕ぎもなく体調、天候、残雪状況などの全ての条件が整って成功した今回の探訪。私に微笑んでくれた山の神に感謝しながらも、山では「天国と地獄」「生と死」は常に隣り合わせなのだということを改めて自分に言い聞かせた。
---地名の由来・追記など---
★稲倉岳 稲村岳・平家森ともいう。由利郡(現にかほ市)象潟町と山形県遊佐町との境にある山。鳥海山の西側にある寄生火山。標高1,154m。地質は安山岩、鳥海火山のうち噴火の歴史が古く、溶岩流は日本海側まで及び、泥流地形を形成。北麓に矢櫃(やびつ)滝がある。南西面にあたる奈曽川源流の御滝付近は鳥海山の奥の院といわれ、最も神聖な場所とされていた。付近一帯はクマ、カモシカ、キツネなどの哺乳動物と多種類の鳥類の生息地。

抜粋「角川日本地名大辞典」角川書店 秋田県・山形県 イナクラダケ

★鳥海山の支峰稲村岳の形成について
 稲村岳は稲倉岳、あるいは平家森とも称し、鳥の海の北にそびえている。矢島方面から見ると鳥海の西方に低く突起している山で、ちょうど富士山における寛永山のような位置を占めている。標高は1,520m笙ヶ岳、月山森と伯仲の間にあって、関川の上流西の大沢(奈曽川)はその南西麓を巡り、東の大沢(鳥越沢)はその東麓を分けている。この東西の大沢は障子のような一脈の絶壁で隔てられ、当地方ではこれを蟻戸渡と称して一奇観を呈している。

 この稲村岳の形成については、次の各説をを持っていることに注意せねばならない。これというも地形の甚だ複雑しているのと、昔のものと形が余程異なっているからであって、いまだ「火口壁の壊れ残りだろう」ということだけは、皆一致するが、さて何れの火口壁かとなると議論が多くて決定に至らないありさまである。

 故三浦理学士(明治26年5月吾妻山噴火の際、調査中に噴孔より飛揚する岸石に撃たれて倒れた人)は新火山の外輪山、即ち七高山連嶺の一部であると見なし、石井理学士は笙ケ及び月山森と連なるべきもので、一大外輪山の一部であると三浦説に反対している。

 ところが、かつて鳥海山を最も精細に調査した中島理学士の説によると、稲村岳はこれらの火山とは全く無関係で、旧火山よりもなお一層以前に噴出してできた火山の残魂であるといっている。

 面して氏は溶岩の性質からまた重なり合った形状から見て、稲村岳溶岩や霊峰溶岩が旧火山に属するよりも別種であって、しかも古い事を確かめている。もしこの噴火口を見ようとするならば、小滝口鉾立付近に行かねばならない。一大爆裂口らしいものがあって、底を関川(奈曽川)の上流がもの凄い音を立てて流れている。ここから即ち大西沢で、向って左側には稲村岳、右側絶壁には名高い白糸の滝がかかっている。滝の高さはおよそ100m、この絶壁に十二段の溶岩層を数えることができる。また、東大沢と西大沢との間、すなわち遙拝所の方から稲村岳に渡る所をアリノトワタシといって、すこぶる細い馬の背が見えている。

抜粋「鳥海山史」姉崎岩蔵 P86.87 鳥海山の支峰稲村岳の形成について
残雪期 稲倉岳登山 画像アルバム(ウェブリアルバム)
稲倉岳登山 ~残雪を踏みしめて~ヤマレコ
関連記事
スポンサーサイト



この記事へのコメント

トラックバック

URL :

凸山岳登頂人数
プロフィール

デコ山さん

Author:デコ山さん
秋田県内に設置された、三角点の探訪記。

主に、明治時代に設置された一等~三等三角点を訪れています。

また 標石を含めた現地の周辺調査、地名や点名の由来なども掲載しています。

秋田県内で、藪の中をゴソゴソとやっている人がいたら、それは私です。

検索フォーム
カテゴリ
日記 (0)
藪漕ぎ (1)
鳥獣類 (1)
このサイトについて (1)
郷土資料 (1)
年度別 (7)
秋田市(108) (93)
一等三角点 (2)
二等三角点 (10)
三等三角点 (81)
男鹿市(30+位置図) (31)
一等三角点 (1)
二等三角点 (3)
三等三角点 (26)
潟上市(10) (10)
二等三角点 (1)
三等三角点 (9)
大仙市(110+位置図) (111)
一等三角点 (1)
二等三角点 (14)
三等三角点 (95)
仙北市(132) (96)
一等三角点 (3)
二等三角点 (15)
三等三角点 (78)
大館市(110) (0)
一等三角点 (0)
二等三角点 (0)
三等三角点 (0)
北秋田市(131) (20)
一等三角点 (1)
二等三角点 (1)
三等三角点 (18)
由利本荘市(151+位置図) (153)
一等三角点 (3)
二等三角点 (21)
三等三角点 (128)
にかほ市(34+位置図) (35)
一等三角点 (3)
二等三角点 (4)
三等三角点 (27)
横手市(81+位置図) (82)
二等三角点 (8)
三等三角点 (73)
能代市(57) (36)
一等三角点 (1)
二等三角点 (5)
三等三角点 (30)
湯沢市(101) (101)
一等三角点 (2)
二等三角点 (11)
三等三角点 (87)
鹿角市(88) (1)
一等三角点 (0)
二等三角点 (0)
三等三角点 (1)
五城目町(23) (13)
一等三角点 (1)
二等三角点 (1)
三等三角点 (11)
八郎潟町(3) (3)
三等三角点 (3)
井川町(7) (6)
二等三角点 (2)
三等三角点 (4)
美郷町(26) (25)
一等三角点 (1)
二等三角点 (2)
三等三角点 (22)
藤里町(34) (10)
一等三角点 (0)
二等三角点 (0)
三等三角点 (10)
三種町(28) (23)
二等三角点 (1)
三等三角点 (22)
八峰町(29) (16)
二等三角点 (2)
三等三角点 (14)
羽後町(30) (30)
二等三角点 (2)
三等三角点 (28)
小坂町(23) (0)
一等三角点 (0)
二等三角点 (0)
三等三角点 (0)
大潟村(15+位置図) (15)
二等三角点 (2)
三等三角点 (12)
上小阿仁村(27) (0)
二等三角点 (0)
三等三角点 (0)
東成瀬村(32) (30)
一等三角点 (2)
二等三角点 (4)
三等三角点 (24)
車両経歴 (1)
リンク
横手市の巨樹・巨木
横手市の巨樹・巨木のページ
お問い合わせ

名前:
メール:
件名:
本文: